1. 発見・化学名 明治15年(1882年),高木兼寛が軍隊,学生に多発する疾患(脚気)の栄養学説を提唱しました.1897年オランダの医学者C.Eijkman(1929年ノーベル医学賞授賞)によって鳥類白米病が米ヌカで予防,治療できることを始めて報告し,以来,世界中がヌカの研究に集中し,明治43年(1910年)鈴木梅太郎は初めて,抗脚気物質をヌカから抽出し、アベリ酸,後にoryzaninと命名しました.次いで翌年,C.Funkも同様の物質を分離し,アミンの性質を示したことから,生命に必要な(vital)アミンという意味からvitamineと名付けました.しかし,これらは何れも純品ではありませんでした.純粋なチアミンは,1926年B.C.P. Jansenらにより結晶が得られ,その約10年後,R.R.Williamsらにより化学構造の決定,化学合成がなされました.この発見により我が国を中心とした東洋諸国の幾百万の脚気患者が死から救われた歴史は画期的なものでした. ビタミンB1(B1)の化学名は,チアミンthiaminが用いられています. 2. 欠乏症 ビタミンB1欠乏にはビタミンB1の欠如する精白米を常食とする東洋に多い脚気と西洋に多いウエルニッケ脳症があります.また,幼児に激症型の急性B1欠乏症である乳児脚気の発症があります.脚気の症状は全身倦怠,心悸亢進,心臓肥大,浮腫,最低血圧低下,四肢の知覚異常,腱反射消失,知覚鈍麻などがあり,心臓と末梢神経の疾患です.ウエルニッケ脳症は中枢神経疾患で,眼球運動麻痺,歩行運動失調,意識障害を伴いますが,慢性化しますと,コルサコフ症という精神病に移行します.この両者をまとめて,ウエルニッケーコルサコフ症候群と呼び,アルコール摂取の多い人に多発し,アルコール中毒の関与が注目されています.乳児脚気は,食欲不振,嘔吐,緑便,筋硬直発作,心障害,チアノーゼがおこり,治療が遅れると12-24時間以内に死亡することもあります. その他,B1代謝異常症として,生後1週間以内に嘔吐,けいれん,昏睡などを主症状として発症するカエデ糖尿症,燕下困難,視力障害,けいれん,末梢神経障害などを主症状とする亞急性壊死性脳症,があります. 水溶性ビタミンであるB1は多量に摂取しても過剰分は速やかに尿中に排泄されるので,大きい害は見られません. 3. 生化学と生理作用 ビタミンB1(thiamin,チアミン)は,天然にはB1とチアミン一リン酸(TMP),チアミン二リン酸(TDP)(チアミンピロリン酸ともいう),チアミン三リン酸(TTP)の3種のリン酸エステルがあります.B1は白色結晶で,水に溶け,酸や熱には安定ですが,アルカリ条件下では不安定です.リン酸塩類も白色結晶で,水に溶けますが,熱,アルカリ条件下では不安定です. ビタミンB1類緑化合物は経口摂取されるとすべてホスファターゼによりB1となって吸収され,生体内で再びリン酸化され,リン酸エステル類になります.生体内ではトランスケトラーゼ,ピルビン酸脱水素酵素,α-ケトグルタル酸脱水素酵素など糖代謝酵素の補酵素となるTDPが最も多く,活性型B1といわれています.神経における特異的作用も知られており,この場合TTPの型が注目されます. 体内で利用されていたチアミンリン酸エステル類はビタミンB1になり,さらに,チアゾール,ピリジンに分解され,ビタミンB1そのままの形のものと併せて尿中に排泄されます. 4. 食事摂取基準と多く含む食品 ビタミンB1の推定平均必要量は,尿中に排泄されるビタミンB1量から,塩酸チアミン相当量として0.45mg/1,000kcalと算定され,推奨量は0.60mg/1,000kcal(推定平均必要量×1.2)と決められています.1日当たりの量に換算するには,推定エネルギー必要量を乗じて計算します.たとえば,18〜29歳の男性および女性で身体活動レベルU(ふつう)の場合の推奨量は1.4mg/日および1.1mg/日です. ビタミンB1を多く含む食品として,日本食品標準成分表2010によると,ブタヒレ赤肉(生),とり肝臓,カモ肉,大豆ブラジル産(乾),落花生(乾),ウナギかば焼き,フナ(生),コイ(生),小麦玄穀,ソバ粉(全層粉),玄米,グリンピース(生)が挙げられますが,中でも豚肉が一番高濃度のビタミンB1補給源です.