1. 発見・化学名 ビオチンの歴史は,E. Wildiersら(1901)が酵母の成長を促進させる有機成分を発見したことに始まります.この栄養成分は,ビオスと呼ばれ,その後三つの成分からなることが明らかにされました.その一つがビオスIIbであり,ビオチンと名付けられました.一方,M.A. Boas(1927)は,実験動物に生卵白を多量に与えると,皮膚炎や脱毛などが起こることを見いだしました.これは,いわゆる卵白障害であり,肝臓に存在する防御因子Xによって治癒することが可能でした.P. Gyorgy(1931)は,この因子をビタミンHと名付け,根粒菌の補酵素Rと同じものであることを明らかにしました.その後,ビタミンHは,ビオチンと同一の特性を持つことが認められました. F.Lynen(1961)らは,ビオチンがカルボキシラーゼの補酵素として,炭酸固定反応や炭酸転移反応にかかわっていることを明らかにしました.同じ頃,ビオチンの生合成経路の解明や定量法の開発もなされてきました. ビオチンの化学構造は,V. du Vigneaudら(1942)によって決定され,天然に存在するビオチンはD型であります.ビオチンは無色の針状結晶であり,水に可溶で,熱水やアルカリ溶液には良く溶けます.エタノールにも溶けますが,アセトンなどの有機溶剤には不溶です. 2. 欠乏症 ビオチンが欠乏すると,ほ乳動物では,体重の減少に伴って口唇炎や脂漏性皮膚炎などが生じ,とくに眼瞼周囲の脱毛(眼鏡状脱毛),後肢の痙攣,異常姿勢(カンガルー用姿勢)が特徴的であります.またビオチン欠乏胎児では口蓋裂,小顎症,短肢症などがみられます.鳥類では,ヒナにビオチン欠乏の精製飼料を与えると,皮膚炎,飛節症,運動失調などの欠乏症状が起こります. ビオチンは,多くの食品に含まれていることや腸内細菌によって産生されているために,一般にヒトでは欠乏症はないとされています.これまで,牛乳やワインと生鶏卵だけの極端な偏食者に,剥離性皮膚炎,脱毛や食欲不振などが見られています.これは,卵白中のアビジンが消化管でビオチンと結合し,ビオチンの吸収が阻害されたためであります.わが国ではビオチンが食品添加物として認可されていないため,調製粉乳,とくに治療用特殊粉ミルクを飲んでいる乳児にアトピー性皮膚炎が見られ,ビオチンの不足が指摘されています.ビオチン欠乏は,抗生物質の投与や完全非経口栄養によってもみられます. ビオチンは,大量に摂取しても速やかに排泄されるので,副作用や過剰症はみられず,毒性の少ないビタミンです. 3. 生化学と生理作用 ビオチンの化学合成は,S.A. Harrisら(1946)によって完成され,ピメリン酸やシステインを原料とした方法が知られています.現在使用されている合成法としては,グルコースからアジド糖を経て,立体特異的にD型を得る方法があります.一方,ビオチンの生合成経路については,B. sphaericusや大腸菌を用いた研究によって確立されています.ピメリン酸からデチオビオチンまでの経路は酵素レベルで解明されており,デチオビオチンからビオチンの反応過程も解明されつつあります. ビオチンと化学構造が類似した化合物としては,ビオシチン,オキシビオチン,ビオチンスルホキシドなどが知られています.ビオシチンは,ビオチンにリジンがアミド結合したものですが,卵白中のアビジンとの結合性があります.また,オキシビオシチンも,ビオチンの,50%の活性を持っています. ビオチン関連酵素として,カルボキシラーゼは,炭素の転移を触媒している酵素であります.反応の第一段階ではATPを消費してビオチンにCO2を固定し,第二段階ではCO2を有機酸に転移します.4種類のカルボキシラーゼが知られており,糖新生,アミノ酸代謝,脂肪酸合成およびエネルギー代謝に関与しています.この他,トランスカルボキシラーゼやデカルボキシラーゼもビオチンを要求します.また,ビオチニダーゼは,ビオシチンやビオチニルペプチドを基質とするアミダーゼであり,ビオチンを解離させます.最近ビオチン結合タンパク質としての生理的役割も示唆されています. ビオチン代謝異常症として,常染色体性劣性遺伝性疾患であるホロカルボキシラーゼ(HSC)合成酵素欠損症とビオチニダーゼ欠損症が知られています.HSC合成酵素欠損症は,新生児期から幼児期までに発症し,複数のカルボキシラーゼ活性の低下によりいろいろな症状を呈します.新生児期の発症では,呼吸障害,代謝性アシドーシスなどがみられます.一方,ビオチニダーゼ欠損症は,生後1週間から2歳までに発症し,痙攣,脱毛,皮膚炎,有機酸尿がみられます.これらの症状は,大量のビオチンを投与するとすみやかに改善することが知られています. 4. 食事摂取基準と多く含む食品 ビオチンの推定平均必要量を算定できる十分なデータはありません.そのため,食事調査の値を用いて,目安量が決められています. ビオチンは,2010年に「五訂増補日本食品標準成分表」に約500食の値が収載されました.そのため,国民健康・栄養調査結果にデータがありません.そこで,各研究者が行った報告値の平均値をもとに目安量を算定しています.男女差を算定できるほどのデータがありませんので,男女差は示されていません.18〜49歳の成人で,ビオチン相当目安量は50μg/日と決められています. ビオチンを多く含む食品として,日本食品標準成分表2010によると,ウシ肝臓などの内臓類,大豆(乾)などの豆類,卵黄が挙げられます.また食品ではありませんが,ローヤルゼリーには多量に含まれています.一方,野菜や果物のビオチン含量は低いです.