1. 発見・化学名 1935年,H.C.P. DamによりビタミンKはニワトリ雛の出血予防因子として発見され,その血液凝固(koagulation)作用に因んでビタミンKと命名されました.天然に存在するビタミンKには,主に植物の葉緑体で産生されるビタミンK1(フィロキノン)と細菌によって産生されるビタミンK2(メナキノン)があります.ビタミンK2には種々の同族体(化学構造が互いに類似した化合物)が存在しますが,このうち食品中に多く含まれるのがメナキノン-4とメナキノン-7であり,通常,ビタミンK1とK2を総称してビタミンKと呼びます.また,血液凝固に関して両者の生物活性はほぼ等しいことがわかっています. 2. 欠乏症 ビタミンKは他の脂溶性ビタミンと異なり体内での蓄積性が低いため,常に腸管より適当な吸収が行われなければなりません.しかし,通常の食事を摂っている限り健常人ではビタミンKの欠乏症はほとんど起こりません.これは,ビタミンKが様々な食品中に広く存在していること,また,腸内細菌が常に十分量のビタミンKを産生し供給してくれるからです.しかし,新生児,乳児,栄養補給の必要な病人,腸の手術を受けた患者などでは,それぞれ新生児(一次性)出血症,乳児ビタミンK欠乏性出血症,完全経静脈栄養下でのビタミンK欠乏症,腸内細菌数の低下によるビタミンK欠乏症,胆汁分泌不全によるビタミンK欠乏症など種々の欠乏症が起こる可能性があります.このような場合には,出血傾向あるいは血液凝固の遅延などの症状が現われてきますが,ビタミンKの投与により予防あるいは治療が可能です. 3. 生化学と生理作用 ビタミンK1は,植物の葉緑体で太陽の光エネルギーを化学エネルギーに変換する過程で電子受容体として働くと考えられています.一方,ビタミンK2は細菌において化学エネルギー(ATP)の産生,電解質輸送,細菌固有の運動性の支持などの役割を果たすと考えられています. ヒトを含めて哺乳類でのビタミンKの最も重要な生理的役割は血液凝固因子の活性化にあります.プロトロンビンやその他の血液凝固因子はタンパク質ですが,それらの構成アミノ酸の一つであるグルタミン酸のγ位炭素のカルボキシル化を触媒する際の酵素,γ-カルボキシラーゼの補酵素としてビタミンKが働きます.これによって血液凝固因子はカルシウムイオンと結合した活性型に変わり,最終的にはフィブリノーゲンがフィブリンに変換され,血液凝固が起こります. また,最近,ビタミンKは骨に存在するタンパク質オステオカルシンを血液凝固因子の場合と同様の反応で活性化し,ビタミンDとともに骨の形成を促進することが明らかとなってきました.これを裏付けるように,骨粗鬆症患者では健康者に比べ血中ビタミンK濃度の低下やオステオカルシンの活性化障害が比較的高頻度に見られるとの報告があります.また,臨床面においても,ビタミンKが骨粗鬆症治療薬ビスフォスホネートの効果を高めることが知られています. 4. 食事摂取基準と多く含む食品 新生児では,母乳中のビタミンK含量(100ml当たり1μg以下)が低いこと,腸内細菌によるビタミンK2産生量が低いことが推測されることなどから,ビタミンKの補給が必要であると考えられています.出生後数日で起こる新生児メレナ(消化管出血)や約1ヶ月後に起こる特発性乳児ビタミンK欠乏症(頭蓋内出血)は,ビタミンKの不足によって起こることが知られており,臨床領域では新生児に対してビタミンKの投与が行われています.これらの疾病を栄養面から予防する目的で,日本人の食事摂取基準2010年版では男女とも0〜5ヶ月の乳児で4μg,6〜11ヶ月の乳児では7μgを摂取するよう推奨されています.また,成人男子では75μg,女子では60μgが目安量となっています.一方,高齢者では,胆汁酸塩類や膵液の分泌量低下,食事性脂肪摂取量の減少などにより,腸管からのビタミンKの吸収量が低下すると思われます.また,慢性疾患や抗生物質の投与を受けているヒトでは腸管でのビタミンK産生量が減少したり,ビタミンKエポキシド還元酵素(ビタミンKの再利用に必要な酵素)の阻害によるビタミンK作用の低下がみられるようになります.このような理由から,高齢者に対しては成人よりも高いビタミンK所要量が必要であると考えられますが,必要量を厳密に算出することが困難であるため,現状では成人と同じ目安量となっています. ビタミンK1は,日本食品標準成分表2010によると,緑葉野菜・ほうれん草中に豊富に含まれており,これ以外にも植物油,マーガリン,豆類,海藻類,魚介類にも少量ながら含まれています.また,ビタミンK2は納豆,アオノリ,ほしのり,鶏卵,肉類・牛かた,乳製品・プロセスチーズに比較的多く含まれています. 5. 備考 ビタミンKの構造類似体であるビタミンK3(メナジオン)は毒性があるため現在はヒトに対して使用されていませんが,ビタミンK1とビタミンK2については大量に摂取しても毒性は認められず,許容上限摂取量も定められていません.抗凝血薬としてワルファリンの投与を受けている人の場合は,ビタミンKの豊富な納豆が禁忌(摂取または服用してはいけない)となっています.また,長期間の抗生物質の投与,慢性の胆道閉塞症,脂肪吸収不全症などではビタミンK欠乏が起こりやすくなるので,注意が必要です.