1. 発見・化学名 葉酸の歴史は,L. Wills(1931)によって悪性貧血に酵母エキスや肝臓エキスが有効であるという発見に始まります.その後,サルやヒナの抗貧血因子あるいは乳酸菌の生育因子として認められました.H.K. Mitchelら(1941年)は,ホウレンソウの中に含まれる乳酸菌の生育因子を葉酸(folic acid)と名付けました.これは,ラテン語の葉(folium)に由来しています.それまでに見い出されていたビタミンM,U因子,ビタミンBcなどは,葉酸あるいは葉酸含有物でありました.その後,肝臓から結晶状に単離され,R.A.Angierら(1946)によって,構造がプテロイルグルタミン酸と決定され,化学合成行われました. 葉酸の化学構造は,N-ヘテロ環のプテリンとp-アミノ安息香酸からなるプテロイン酸に1-7個のグルタミン酸が結合したプテロイル(ポリ)グルタミン酸です.天然型の葉酸は,還元型でジヒドロ体かテトラヒドロ体に種々の1炭素単位が結合した形,およびそれらのγ‐ポリグルタミン酸として存在しています.すべての動植物の組織中に葉酸化合物として分布しています. 還元型葉酸は,葉酸補酵素と呼ばれ,ヌクレオチド類の生合成・分解系,グリシンやセリンなどのアミノ酸の代謝,メチオニンのメチル基の生成転換系,ヒスチジン代謝などに関与していることが明らかにされています. プテリンは,ヒトでは生合成されるために,本来ビタミンではありませんが,近年の先天性代謝異常症の研究から補酵素的機能を持つことが明らかにされています.プテリンは,「蝶の翅」の色素を表す言葉で,天然プテリジン化合物の総称であります.ビオプテリンの還元型であるテトラヒドロビオプテリンは,プテリン依存性オキシゲナーゼであるフェニルアラニン水酸化酵素などの補酵素です.最近,プテリン依存性オキシゲナーゼは,神経伝達物質であるドーパミンやセロトニンの生合成にもかかわっていることが分かってきました. 葉酸は,橙黄色の針状結晶で,酸およびアルカリ溶液には溶けますが,純水やエタノール,にはほとんど溶けず,有機溶剤にも不溶であります.水溶液は黄色であり,光や紫外線によって分解されます.また,紫外部に特異的な吸収帯を持っています. 2. 欠乏症 葉酸は,通常の食生活では,欠乏することはありません.葉酸の欠乏症状としては,造血機能に異常を来し,巨赤芽球性貧血,神経障害や腸機能障害などが知られています.欠乏症は,抗がん剤,免疫抑制剤,非経口栄養剤の投与および血液透析などの際に起こります. 一方,葉酸を大量(1-10mg)に摂取すると,発熱,蕁麻疹,紅斑,かゆみ,呼吸障害などの葉酸過敏症を起こすことがあります.また,亜鉛と複合体を形成し,亜鉛の吸収を阻害する可能性が指摘されています. 3. 生化学と生理作用 食品に含まれる葉酸は,主にプテロイルポリグルタミン酸型であります.小腸粘膜上で,亜鉛酵素であるγ-グルタミルヒドロラーゼ(通称コンジュガーゼ)によって,モノグルタミン酸型へ速やかに分解されます.モノグルタミン酸型は,葉酸レセプターと結合して小腸粘膜を通過します.小腸細胞内では,ジヒドロ葉酸レダクターゼによって,プテリン環が還元されてテトラヒドロ型に変換されます.テトラヒドロ型は,さらにメチル化されてメチルテトラヒドロ葉酸となり小腸膜を透過して,血液により末梢組織に運ばれます.肝臓や組織に取り込まれたメチルテトラヒドロ葉酸は,メチオニン生合成系においてメチル基供与体として関与しています.この反応には,メチオニンシンターゼと補助因子としてビタミンB12が関与しています.またプテロイルポリグルタミルシンテターゼなどによりメチルテトラヒドロポリグルタミン酸型として貯蔵されています. 還元型葉酸は生理活性を持っており,モノグルタミン酸型は血漿,尿,脳脊髄液などの体液循環型として機能し,組織内に存在するポリグルタミン酸型はタンパク質に結合して機能しています.とくに核酸合成に必要なプリンやピリミジンの生成に補酵素として必須であることから,細胞の分裂や機能を正常に保つために重要な役割を果たしています. 妊娠中に葉酸が不足することがあり,出産児に神経管閉鎖障害を発症することが懸念されています.しかし受胎前後の十分な葉酸摂取によって,神経管閉鎖障害の発症リスクを低減できることができます.このため,わが国でも,「妊娠前から400μg/日の葉酸を摂取することが重要である.」とされています. 最近高ホモシステイン血症が,脳血管疾患や心疾患のリスクファクターとして注目されています.葉酸はホモシステインからメチオニンの転移に不可欠であります.このため,葉酸の摂取量が低下すると,血漿ホモシステインの上昇がみられ,ホモシステインが血管内皮細胞や血液凝固因子に影響していると考えられています.このように,葉酸は,神経管閉鎖障害や動脈硬化症の発症ともかかわっています. 4. 食事摂取基準と多く含む食品 葉酸の推定平均必要量は,赤血球中葉酸濃度と血漿ホモシステイン濃度値の維持から算定されました,プテロイルモノグルタミン酸相当量として,18〜29歳の成人で推定平均必要量は,200μg/日,推奨量は240μg/日(推定平均必要量×1.2)と決められています.葉酸の食事摂取基準には男女差はありません. 葉酸を多く含む食品として,日本食品標準成分表2010によると,大豆(乾),ホウレン草(生),乾燥ワカメ,ウシ肝臓などが挙げられます.